ぬるオタな日々 by 少恒星

アラフォー独身のぬるオタの日々戯言。

逆シャア本だけど逆シャアの話をしていない『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア 友の会』

アニメスタイルより復刊された機動戦士ガンダム 逆襲のシャア 友の会』(以下、逆シャア本)を読了。逆シャア本は、庵野秀明氏が責任編集のもと『逆シャア』を総括・検証するために作られた、「伝説の同人誌」とも語り継がれている一冊。このたび商業出版として復刻され、ようやくその伝説の同人誌を目にすることができた。

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何より凄いのは、同人誌なのに登場する人物の蒼々たる顔ぶれ。會川昇あさりよしとお幾原邦彦出渕裕押井守北爪宏幸サムシング吉松鈴木敏夫美樹本晴彦山賀博之結城信輝・・・などなど、現在もなお一線で活躍しているクリエイターやプロデューサーらが、揃って『逆シャア』について語るという、今となっては商業誌でも実現困難な顔ぶれ。これが実現できたのは、自らインタビュアーもこなした庵野氏の人徳のなせる業だろうか。そして最後はもちろん、『逆シャア』の監督である富野由悠季氏も登場し、庵野氏らが『逆シャア』について富野氏に切り込んでいる。

なんだけど、読み進めていくうちに、どうもこの本は『逆シャア』を総括というよりは、もっと深い何かを語っているようだった。もちろん『逆シャア』の話題は出しているけど、それはただのきっかけに過ぎず、むしろ話題の中心は、富野氏の人物像や作品論、あるいは哲学といった、作品づくりの深層部分に迫っているような気がしてならなかった。

例えば押井守氏のパートは、『逆シャア』やガンダムに(多少)触れてはいるけど、大半はそれを通り越して、押井氏のアニメ論が展開され、宮崎駿氏や『パトレイバー』『王立宇宙軍』にも言及していたりと、もう好き放題(笑)
鈴木敏夫氏も、「アニメージュ」時代の富野氏との思い出に触れ、彼の人物像を魅力たっぷりに語っていて、全然『逆シャア』の話をしているという印象が残らないのだ。もちろんインタビューを受けた人によって話の濃淡はあるが、事前に想像していたものとはだいぶ印象が違ってしまった。

しかし、その逆シャア本が、『逆シャア』の話をしていないと語るに足る最大の理由は、やはり富野由悠季氏本人に他ならない。本の最後に満を持して登場した富野氏は、インタビュアーの庵野氏らを前にして何を語ったかと言えば、なんと「セックス」「男性・女性論」だった。

作中のシャアとナナイの関係をもとに、富野氏はセックス描写や男性と女性の関係について持論を展開していくのだけど、これがまた下ネタ混じりなので、具体的な内容はここでは書けない(笑)
でも、その持論はとても説得力があるし、作中では当然直接的なセックスシーンなんて無いんだけど、直接描かずともキャラクターの絵に性的な興奮を求めようとする富野氏の強い矜持が込められている。それは演出家として当然持ち合わせるべき矜持でもあると、富野氏が庵野氏に教えているようでもあった。

それにしても富野氏にここまで自由に気の向くままに喋らせているのは、やはり庵野氏はじめとするインタビュアーの力も大きいのだろうなと思った。単純なQ&Aではなく、庵野氏もまた自らの見解や解釈を織り交ぜてそれを相手に問いかけるという、いわば感想戦のようなことをやっている。実際、庵野氏は富野氏に対し「セックスを連想させてくれるのは、富野さんのアニメだけなんですよ」と投げかけ、そこから富野氏は気前よくセックスや男性・女性について語り始めるわけだから、庵野氏の引き出しの上手さに感嘆させられる。

一方で、庵野氏はこの逆シャア本を通じて、監督はどう振る舞うべきか、演出はいかにあるべきかを模索していたのだろう。今回の復刻版の巻末で、庵野氏は以下のように述べている。

(前略)だから何かしよう、とアニメの現状と自信の失望感へのレジスタンスとしてその時に試みたのが、『エヴァンゲリオン』というTVアニメの企画開発と他アニメ作品の分析と検証だった。

失望から希望を見出す動因として始めた本誌の編集作業が結果的に、『エヴァ』という企画を纏める要因となっている。『シン・ゴジラ』を創れた御陰で『シン・エヴァ』が形になった様に、「逆シャア本」を作った御陰でTV版『エヴァ』を進める事が出来たと思う。

アニメの現状を打破したかったという庵野氏。そのヒントが『逆シャア』と富野氏にあると信じて作ったのが、「逆シャア本」だったのだ。「逆シャア本」を通じて、富野氏の矜持を知った庵野氏が、その後『エヴァ』を作り上げたのかと思うと、なかなか興味深い。

まあ、いろいろと述べてきたけど、『逆シャア』のことをよく知らなくてもホント面白いと思いますよ。逆に『逆シャア』を観た人は、これを読んだ上で改めて作品を見返すと、新たな発見が生まれるかもしれませんね。自分も近いうちに『逆シャア』を見返してみようと思った。