ぬるオタな日々 by 少恒星

アラフォー独身のぬるオタの日々戯言。

【ネタバレあり注意】少女は未来のために駆け出す。野原しんのすけのように。映画『かがみの孤城』感想

公開前夜の舞台挨拶にも行ってきましたよ

あらすじ

学校での居場所をなくし、部屋に閉じこもっていた中学生・こころ。
ある日突然部屋の鏡が光り出し、吸い込まれるように中に入ると、そこには不思議なお城と見ず知らずの中学生6人が。さらに「オオカミさま」と呼ばれる狼のお面をかぶった女の子が現れ、「城に隠された鍵を見つければ、どんな願いでも叶えてやろう」と告げる。期限は約1年間。
戸惑いつつも鍵を探しながら共に過ごすうち、7人には一つの共通点があることがわかる。互いの抱える事情が少しずつ明らかになり、次第に心を通わせていくこころたち。そしてお城が7人にとって特別な居場所に変わり始めたころ、ある出来事が彼らを襲う―
果たして鍵は見つかるのか?なぜこの7人が集められたのか?それぞれが胸に秘めた〈人に言えない願い〉とは?
すべての謎が明らかになるとき、想像を超える奇跡が待ち受ける―

Filmarks映画情報より)

スタッフ

監督:原恵一
原作:辻村深月
脚本:丸尾みほ
キャラクターデザイン:佐々木啓悟
ビジュアルコンセプト・孤城デザイン:イリヤ・クブシノブ
音楽:富貴晴美

キャスト

こころ:當真あみ
リオン:北村匠海
アキ:吉柳咲良
スバル:板垣李光人
フウカ:横溝菜帆
マサムネ:高山みなみ
ウレシノ:梶裕貴
こころの母:麻生久美子
喜多嶋先生:宮﨑あおい
オオカミさま:芦田愛菜

感想

(※以下ネタバレがありますので未見の方はご注意ください)

原作は本屋大賞(2018年度)を受賞した辻村深月のファンタジーミステリー。原恵一が手がけるということで、事前に文庫本を買って読んでいたが、面白かった。ファンタジーミステリーというフレコミではあるものの、物語の主眼はそこではなく、居場所のない少年少女たちが、それぞれ抱える闇を乗り越え、歩み出していくヒューマンドラマとして心打たれた。最後で明かされる7人の秘密は、どの世代においても必ずや起こりうるという作者のメッセージを暗に込めていて、物語設定の上手さにも感服させられた。

本屋大賞受賞となれば当然映像化の話も上がるが、しかし映像化するにもなかなか難しい原作だと感じていた。孤城で特に何か冒険を繰り広げるわけでなく、前半部はほとんど会話劇。しかも現実世界を行ったり来たりの描写があり、とてもミニマルな世界観だ。ましてやアニメ化となると、いっそう派手な演出や動きが求められるわけで、見せ場を作るのも難しい。

しかし、アニメ界にはこの人がいるじゃないか。そう原恵一だ。

『カラフル』では同じく問題を抱えた中学生の少年少女たちをストイックに描き、これもまたミステリーの要素も備えていて『かがみの孤城』とも共通点が多い。さらに遡れば、『河童のクゥと夏休み』の菊池紗代子や、『オトナ帝国』で20世紀の匂いに取り憑かれた大人たちなど、居場所のなさや生きづらさを覚える人たちを常に描き、そこへ今を生きる希望を与えてきた名手だ。そのストイックさが強いゆえに、新海誠細田守らと比べればアニメファンからの人気は高くないが、それがどうしたと言わんばかりに、己の映画作りの信念を曲げない。まさに「孤城」のような孤高の映画監督だ。そんな原監督ならば、『かがみの孤城』との相性は抜群だと感じていたし、この映画化を原監督にオファーした松竹のプロデューサーを褒め称えたい*1

では実際、どうだったかといえば・・・ものの見事にヤラれました。

確かに期待はしていたものの、まさかここまで予想以上のものを見せてくれるとは。文庫本で上下巻あるボリュームの原作を、どうまとめるのかが気になっていたけど、重要な場面はほとんど取りこぼしていなかったし、原作の読後感がそのまま感じられるほど見事に構成されていた。

映画は比較的、主人公こころに重点を置いていて、序盤は弱々しかった少女が、「孤城」での生活を通じて立ち直り、最後はヒロインとなって皆を救っていく成長譚として描かれる。それによって、こころに自分を重ね合わせたかのような感覚を覚えて、すっかり感情移入してしまった。

こころの成長過程や心理状態の変化が、彼女の歩き方や取り囲む環境の変化によって、はっきりと表現されている点が見事だ。話の冒頭、こころは暗闇の中、ぬかるみのような地面を重い足取りで歩いている*2が、実はそのぬかるみは現実のものではなく、ふと気づくと、すぐに「心の教室」のある街中の光景に切り替わる。そこへ帰宅途中の同じ中学の女子が通り過ぎ、異様なプレッシャーを覚える。彼女の暗澹たる心境と、学校への恐怖心が一目で理解できる。この暗く絶望に満ちていた彼女の足取りが、ラストカットになると、それはもう正反対になり、明るく希望に満ちたものへの変化していく。そのラストカットはまさにこれ。

そう、『オトナ帝国』のひろしなのだ。若き頃のひろしも、会社で辛いことがいろいろあった中で、みさえという人生の伴侶と出会い、前へと歩み出していく。この足取りの表現で、キャラの心情を表すのが得意なのよ、原監督は。

いきなりラストのネタバレをしちゃったけど、ここへ至るまでに、こころが立ち直っていく姿を追っかけるだけで、感涙ものなのだ。

そして孤城での出来事や、喜多嶋先生、東条萌ちゃんとのやりとりを通じて、こころの表情も明るくなっていく。やがて孤城にある大きな事件が襲いかかり、こころは立ち向かっていくことになる。願いを叶える鍵を手に入れていく中で、こころは他の6人の抱える闇を知り、そして真実を知る。私たち7人はきっと現実の世界で会えるのだと、助け合えるのだと。それを叶えるために、それまで抱いていた「真田美織をこの世から消してほしい」という自分本位の願いを捨て、アキのルール違反を無かったことにしてほしいと願う。そして、何十にも重なった鏡を走ってくぐり抜け、アキのもとへと駆け出す。始めは怯えていて重かったその足で懸命に駆け出す。その姿はまるで・・・

 

映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲 | 映画 | WOWOWオンライン

野原しんのすけだ!

綺麗なお姉さんといっぱいお付き合いする未来を生きるために、懸命にタワーを駆け上るしんちゃんだ!

自分たちはきっと未来で会える。その未来を手に入れるために、必死で駆け出し、手を伸ばしてアキを助ける。もう『オトナ帝国』のリフレインじゃないか。ってことはオオカミ様はイエスタデイ・ワンスモアだったのか?
なんて思うほど、そのエモーショナルなシーンに心をかき乱されてしまった。考えたら敵と戦うわけではなく、とにかく駆け上げるだけだったり、家族揃って鍋を囲むだけといったり、地味でもしかし心打つクライマックスを持ってくるのが原監督の特徴でもあるわけで、今作もその例に漏れない。そういった意味では本屋大賞作品の映像化といえども、結局原監督の映画になっている。でも、『カラフル』みたいになると思いきや『オトナ帝国』が来るとは予想外だったけどね。

あと、原監督らしさでいえば、前半の孤城がとても居心地良く描かれていて、観ているこっちもいい気分だった。女子だけでお茶したり、一人ベッドでゆっくり本を読んだりといった一見普通の光景が、とても魅力的。あと、ずっと口をきいていなかった東条萌とこころが、アイスを2人で分けて食べながら話し合うシーンも印象的。真面目で模範生のような東条さんが、真田美織らのグループを見下すようにズケズケと辛辣な言葉を吐き出す姿は、観ていて爽快。さらには「たかが学校のこと」という彼女の言葉が、こころをハッとさせる。それまで囚われていたこころの価値観を解いていく役目として重要な存在だったし、食べ物を分け与えるというところで、なんとなく『カラフル』の早乙女くんを思い出してしまった。原監督ファンとしては大満足の映画でしたよ。

*1:オファーした松竹の新垣弘隆氏は、原監督の初実写作品『はじまりのみち』のプロデューサーでもある。

*2:監督の『クレヨンしんちゃん』時代での実体験がもとになっているらしい。参照:原恵一監督「職人的な感覚で、原作の印象を壊さずに映像化」 » Lmaga.jp