ぬるオタな日々 by 少恒星

アラフォー独身のぬるオタの日々戯言。

【ネタバレあり】『映画ドラえもん のび太と空の理想郷』レビュー


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あらすじ

もしもどこかに何でも叶う夢のような場所が存在していたら—??
誰もがユメミル、幸せの楽園に隠された秘密とは…!?
空に謎の三日月型の島を見つけたのび太は「あれこそが僕が探していたユートピアだ!」と言い張り、ドラえもんたちと一緒にひみつ道具の飛行船『タイムツェッペリン』で、その島を探しに出かけることに!色々な時代・場所を探してやっと見つけたその正体は、誰もがパーフェクトになれる夢のような楽園<パラダピア>だった!
そしてそこで出会ったのは、何もかも完璧なパーフェクトネコ型ロボット・ソーニャ。
すっかり仲良くなったドラえもんたちとソーニャだが、どうやらこの楽園には大きな秘密が隠されているようで…。
はたしてのび太たちは、その楽園の謎を解き明かすことができるのか!?
空に浮かぶ理想郷(ユートピア)での大冒険が始まる——!!
Filmarks映画情報より)

レビュー

(※ここから先はネタバレを含みます)

ドラえもん映画で空を舞台にした作品といえば、自分にはのび太と雲の王国』(1992年公開)が印象強い。のび太たちが迷い込んでしまった天上世界は、地上よりも遥かに技術が進歩し、絶滅動物の保護や宇宙人との交流、地球環境に配慮したクリーンエネルギーの活用など、理想郷の国家として描かれていた。

しかし、理想郷(ユートピア)とディストピアは隣り合わせというのが物語の常道。理想郷と思われた天上世界は、実は地上人による大気汚染の影響で人口が減少しており、そこで環境破壊を繰り返す地上世界を洗い流すべく、密かに「ノア計画」を進めていたという秘密が明かされる。まさに『逆襲のシャア』の人類粛清計画そのものだが、当時子どもだった自分には、その計画の恐ろしさと、動機の重さに身震いした。

対して『空の理想郷』のパラダピアは、争いごとがなく穏やかに暮らせる世界、誰もが「パーフェクト」になれる世界という、精神的安寧が保たれる世界としての理想郷だ。のび太に限らず、周りと比べて劣等感を抱えたり、日々の努力が報われなかったりと、自分の世界にどこか生きづらさを感じているのは、多くの人間が経験していることだろう。だから、もっとできる人間になりたい、周りから認められたいと思う人にとっては、パラダピアは確かに理想郷だ。

しかし、そんなパラダピアにもやはり裏の顔が潜んでいた。パラダピアで過ごしていくうちに、いつもは乱暴で意地悪なジャイアンスネ夫が、なぜか妙に優しくなったり、しずかちゃんもここに留まることをやたらと薦めてきて、次第にのび太の中で違和感が生まれる。実は、パラダピアの人工太陽の役割を果たす「パラダピアンライト」には、浴びた人間の心を操る作用があり、パラダピアの住民は一種のマインドコントロール下に置かれていたのだ。当人には操られているという実感がなく、ジャイアンスネ夫たちも、自然に(パラダピアの思想に)染まっていくという絶妙な加減で描かれ、それがかえって不気味に見えてくる。まるで新興宗教に入信して、その坩堝にハマってしまっているのかのように。もちろん制作期間からして偶然ではあるだろうが、まさか前作『のび太の宇宙小戦争2021』に続いて、時代とリンクすることになろうとは。

さて、この『空の理想郷』において特に注目されているキャラクターが、パーフェクトネコ型ロボットのソーニャだ。CVがKing&Princeの永瀬廉だけあって、アレ方面のファンからの人気も高いようだ*1

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主役よりもゲストキャラクターのほうが目立ってどうするんだという意見も出そうだが、この彼こそ『空の理想郷』において最も象徴的なキャラクターであることが、見ていくとよくわかる。ソーニャは、パラダピアを司る三賢人に仕えるネコ型ロボットで、道具を上手く使いこなしてパラダピアの物事を解決しているのだが、実は彼ももともとはダメロボットで、至るところで役立たずと見捨てられていた過去を明かしている。そうして落ち込んでいたところへ三賢人が現れ、彼らのおかげで「パーフェクト」になれたというのだ。劣等感に苛まれていた彼もまた、パラダピアという理想郷に惹かれた一人だったのだ。劣等感に苛まれる者にとって何よりも求めてしまうのは、他人よりも優れているという優越感や、そこにいれば穏やかに過ごせるという多幸感だ。ソーニャもそうして三賢人の下へ行ってしまったのも頷ける。

しかし、パラダピアの裏の顔が明らかとなってしまっては、その感情は三賢人に忠義を尽くすことでしか成り立たない。結局のところ、ソーニャは、三賢人にとっての「パーフェクト」な存在、つまりは都合のいい存在として使われているに過ぎないのだ。

ソーニャは、パラダピアに反抗するドラえもんのび太銃口を向ける。それは、これまで支えになっていた拠り所を失い、元のダメロボットに戻ってしまうことへの抵抗も含んでいただろう。そんなソーニャに対して、ドラえもん「僕たち(ネコ型ロボット)は人間の友だちになるために作られたんだ」と呼びかけ、そこでようやくソーニャは自分の本当の意思と向き合おうとする。自己をかき消して他者に身を委ねるか、自分の意思を選ぶか。『空の理想郷』は、その狭間に立つソーニャがいかなる決断を下すかの物語という見方もできる。

最終的に、ドラえもんたちに同調してソーニャはパラダピアを倒す道を選ぶ。しかし、ただ彼らに同調するだけでは、自分の本当の意思とはならない。それを示したのが、ラストでソーニャが決断したある行動だ。地上に落下していくパラダピアを一緒に止めようというドラえもんの提案を、ソーニャは拒み、一人空に上がってパラダピアとともに散る。『のび太の海底鬼岩城』のバギーや『のび太と鉄人兵団』のリルルを思わせる自己犠牲による決着だが、彼が自ら決断して選択したということが、この映画にとっては重要な意味を持つ。他者に縛られずに、自分らしく、自分の意思で選び、行動していく。『空の理想郷』が最も伝えたかったことを、ソーニャは最後に象徴してみせたのだ。

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ソーニャといったらこれのイメージしかない。どしたのわさわさ。↓

*1:反面、オールドのドラえもんファンの中には、アレ方面のファン行動の節操のなさに、眉をひそめる者も多いと聞く・・・