ぬるオタな日々 by 少恒星

アラフォー独身のぬるオタの日々戯言。

【ネタバレあり】『映画ドラえもん のび太の宇宙小戦争2021』レビュー

のび太の宇宙小戦争(以下、宇宙小戦争)』は大長編ドラえもん(と映画)の中でも、一、二を争うぐらい好きな作品だ。主題歌の「少年期」が、『ドラえもん』の世界観を見事に表した名曲なのもさることながら、軍事クーデターに独裁者というハードな要素と、常に先を読んでドラえもんたちの行く手を阻むドラコルル長官の手強さに、読んでいて終始緊張感に包まれた。それだけに、ラストのどんでん返しは、それまでの緊張感から一気に解放され、もう爽快だった。その『宇宙小戦争』が、ついにわさドラでリメイクされることになった。

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『映画ドラえもん のび太の宇宙小戦争2021(以下、宇宙小戦争2021)』は、タイトルにもあるように本来は昨年2021年春公開予定だった*1のが、コロナ禍の影響で公開が一年延期。「2021」のまま2022年に公開という「TOKYO 2020」と同じ境遇を辿ることになるとは・・・*2
そこへ、公開1週間ほど前にロシアがウクライナに侵攻。図らずも、現実の世界情勢と合わさることとなり、この映画の持つ意味が重みを増してしまった。

もっとも、原作の『宇宙小戦争』の連載当時も、1979年からのソ連アフガニスタン侵攻のさなかにあり、映画公開前年の1984年ロス五輪では、前回モスクワ五輪で西側諸国がボイコットしたことによる報復として、ソ連はじめ東側諸国が参加をボイコットしている。『ドラえもん』が人気絶頂だった1980年代は、まさに東西冷戦の渦中にあっただけに、当時の時勢の影響を受けたのは想像に難くない。『宇宙小戦争2021』が時代性を帯びたのは、皮肉にも忌まわしき歴史の繰り返しによってもたらされたのだ。

それだけに『宇宙小戦争2021』には、楽しみな反面、果たしてどこまで原作に真摯に向き合っているのか少し不安ではあったが、見てみたら驚かされる展開ばかりで素直に楽しめた。

特筆すべきはストーリー構成の大胆な改変だろう。終盤の決着はおおむね原作に沿っているが、そこに至るプロセスがかなり異なる。中でも、パピの人物像が、原作では責任感が強く、生真面目なキャラクターだったのに対し、今作は責任感の強さは残しつつも、人らしく喜怒哀楽を表に出し、より感情移入しやすいキャラクターになっている。ドラえもんたちとの絡みも、原作では中盤あたりでPCIAに囚われてしまうが、今作では自由同盟の基地に辿りつくまでドラえもんたち5人と行動を共にしている。

それでいながら、原作の基本線を曲げることなく見事にストーリーが成立しているのは、それは脚本の佐藤大氏が、伝えるべきテーマを原作から上手く抽出し、それを守り抜いたからだろう。佐藤氏は以下のように語っている。

原作まんがを再読してみたところ、独裁者や反乱軍といった80年代のSF映画っぽいテーマはいまの時代とは合っていないかなと思えたんです。ところが日々報道される世界のニュースを見ていると、ふたたびそうしたテーマがリアルな時代になっているように感じてきました。フェイクニュースがあふれ、何が本当のことなのかとてもわかりづらい。偉い人ほどうまくウソをつくこんな時代だからこそ、決してウソをつかない少年大統領の姿をしっかり描くべきだと考えたのです。
また原作からは映画のテーマを示すセリフを見つけることもできました。「(中略)このまま独裁者に負けちゃうなんてあんまりみじめじゃない!! やれるだけのことを、やるしかないんだわ」というしずかちゃんのセリフです。決してウソをつかない。やれるだけのことをやるしかない。F先生の描く、こうしたいつまでも変わらない普遍的な価値観こそ、どんな時代でも、むしろいまの時代だからこそ響くメッセージになると思いました。
(『映画ドラえもん のび太の宇宙小戦争2021』パンフレットより)

近年の社会情勢を見ても、為政者が虚勢を張り、強権的に振る舞う場面が増え、その一方で、声を上げることに対して憚られる不穏な空気が漂う。佐藤氏は、それに対するカウンターとして「決してウソをつかない」「やれるだけのことをやるしかない」という価値観を主軸に、物語を再構築したのだ。

その二つの価値観は『宇宙小戦争2021』におけるパピの行動により強く反映されている。先述のとおり、原作・旧作と違い、パピは自由同盟の基地に辿りつくまでドラえもんと行動を共にするが、その後パピ自ら一人でギルモア将軍のもとへ行ってしまう。その理由は、PCIAに囚われたしずかを取り返すために、一度ドラコルル長官に約束したからであり、その約束を破れなかったからだ。もう一つ考えられる理由は、ギルモア将軍の戴冠式にあえて出席するため。それは大統領である自分しかできない役目であり、そこで自らの意思をピリカ国民に伝えることで、ギルモア将軍への抵抗を示したのだ。戴冠式でのパピの演説は、原作・旧作で裁判にかけられたときのパピの主張を引用しており、それが国民を蜂起させるきっかけとなる。蜂起のいきさつは、原作・旧作では描かれておらず、最終的にはピリカ国民が勝利したという結末を、さらに印象づけるものとなり、素晴らしい構成だった。

「やれるだけのことをやるしかない」という点においてはスネ夫の行動にも現れている。スネ夫が何度も弱気なところを見せるのは、原作・旧作と同様だが、そこへパピが「やれるだけのことをやるしかない」を励まし、それを受けて自分の得意なラジコンの改造スキルを使って、ラジコンを改良し何度もピンチを救っていく。自分のやれることを精一杯やることの大切さを強調していて、ここも印象的だった。至極当たり前のことではあるにせよ、先の見えない閉塞感の漂う今だからこそ、余計に響くメッセージだろう。

個人的に、もう少し緊張感のある演出にしてほしかったり、戦車は原作通りにしてほしかったりと、細部で思うところは沢山あるが、そんなことは些細に思えるぐらい、なかなかの良作だった。全人類よ、どうかこれを見て、行動してほしい。

*1:ちなみに、その時期に公開されたのが『シン・エヴァンゲリオン劇場版』。結果的にドラえもんエヴァに公開枠を譲ったわけなので、シンエヴァドラえもんに感謝しろよ~。

*2:もっとも年度でいえば、公開時点では2021年度なのでギリギリセーフとも言えるが