ぬるオタな日々 by 少恒星

アラフォー独身のぬるオタの日々戯言。

【ネタバレあり】「第二部」の序章かもしれない『THE FIRST SLAM DUNK』

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ドラゴンボールZ』『ONE PIECE』、近年では『鬼滅の刃』『呪術廻戦』とメガヒット作を次々と連発する「少年ジャンプ」の漫画(あるいはアニメ化作品)たち。それだけ世間は、ジャンプの掲げる「友情・努力・勝利」の物語に惹かれているということだろうが、私自身はそれほどジャンプの作品にはノレていない。その三大要素を強調する作風に、どこか熱っ苦しさや楽観主義を感じてしまい、なんとなく興ざめしてしまうのだ*1

そんな私でも、ジャンプ作品の中で最もハマッたと言っていいのが、井上雄彦先生の『SLAM DUNK』だ。兄が原作コミックを持っていて、その影響でこっそり読んでみたら、知らぬ間に繰り返し読むほどハマってしまっていた。当時はテレビアニメも放送されていて、それも観ていたけど、やっぱり井上先生の手によって描かれた原作が一番面白いのだ。特に山王戦のクライマックスは、セリフを一切挟まず、その画力だけで決着を描ききっていて芸術的とさえ思った。テレビアニメはインターハイまで描かれることなく放送が終了してしまい、ファンからは山王戦の映像化を望む声も多くあったが、あの芸術的なラストを映像化するのは困難では・・・とも思った。

それだけに、原作の連載終了から四半世紀以上の時を経て、再びアニメ化されると聞いたときは驚いた。それも井上先生自ら監督として手がけるというのだから。そして、本編オープニングでようやく『THE FIRST SLAM DUNK』が山王戦の映像化だということを明かされる。その瞬間、歓声を上げたくなるほど一気にテンションが上がったのと同時に、「果たして上手く映像化できるのか」という不安がよぎり、すぐさま冷静さを取り戻した。

宮城リョータを主人公として描く『THE FIRST SLAM DUNK

山王戦の映像化だけでも驚きだが、もう一つ驚いたのは、ある男の生い立ちが語られたことだ。本編冒頭、物語の舞台は江ノ島ではなく沖縄から始まる。そこに、二人の兄弟がバスケットコートで1on1の勝負をしている。兄に挑む弟、その彼こそ宮城リョータそう、『THE FIRST SLAM DUNK』は宮城が主人公なのだ。

井上先生は、原作をただなぞって同じものを作るのではなく、新しい視点を取り入れたかったという。そこで、連載中にもっと描きたかった宮城のドラマを描くことにしたのだ。そういえば、宮城も個性的なキャラクターではあるが、彼を焦点としたエピソードで印象に残るものがあったかというと、正直思いつかない。主将の赤木はチームを引っ張る存在として深く掘り下げられていたし、三井は安西先生、バスケがしたいです。」という名台詞に象徴されるように大きな挫折を味わった。主人公・桜木と、彼のライバルである流川にも焦点が当てられるのは当然のこと。それらに比べると、どうしても宮城は見劣りしてしまう。だからこそあえて宮城を主人公にした井上先生の方針にも頷ける。

宮城の生い立ちは、他の4人とはまた違う意味で、重く辛い過去に覆われたものだ。父親を早くに亡くし、その代わりに一家の大黒柱となった兄のソータ。彼もまた、地元のバスケチームの名選手だったが、海釣りに向かったまま帰らぬ人となってしまう。母親はソータの死を受け入れられず、宮城自身も、バスケの練習をほっぽって海釣りに出かけたソータに「もう帰ってくるな」と責めたこと*2を負い目に感じていた。やがて宮城家は沖縄を離れるも、宮城はソータとの唯一の繋がりであったバスケを続け、母親への複雑な心情を抱きながらも、いつかソータが夢見ていた「打倒・山王」の一歩手前にまでに至る。宮城の物語は、山王戦にインサートされる形で進行していく。

この一連のエピソードは、今回の映画のために新たに作られたのか、以前から裏設定として用意されていたのかはわからないが、家族を失った母と息子の複雑な相克も含んでおり、当時の少年誌の連載だとなかなか描きづらいところだ。井上先生が踏み込んで描くようになったのは、『SLAM DUNK』以降、青年誌に軸足に移し『リアル』や『バガボンド』でストイックなドラマを描くようになったことも影響しているだろう。それらを経た今の井上先生が、もっとも見せたい『SLAM DUNK』の新たな姿がそこにあった。

CGで描かれる臨場感溢れる山王戦と、流れる線画で描かれるクライマックス

さて、物語のメインである山王戦はというと、予告編の段階で3DCGであることは明らかで、あの山王戦には似つかわしくないのではと思っていたが、そんな不安は試合開始直後に吹っ飛んでしまった。コートの中にいるかのようなカメラワークに、その場にいるかのような臨場感のある音響、そして井上先生の絵のままで動くキャラクターたちを見ていくうちに、CGであることを忘れ、すっかり馴染んでしまった。

一方、炎上騒動を招いた声優の変更については、僕個人としては、若い世代にも受け入れてもらうには、代替わりをさせても良いだろうと思っていたし、逆に非難の声を浴びせた旧来のファンを不快に思ったぐらいだ。実際どうだったかと言えば、その判断は間違ってはなかったどころか、井上先生の見せたい『SLAM DUNK』を体現するには、より高校生らしいリアルな声と演技を見せている新キャストのほうが見事にハマっていた。井上先生自身も公式サイトのインタビューでこう明言している。

井上 自分がそもそもこの映画をどう捉えているかというと、誇張した表現をバスケのプレイとかでもあまり使いたくないというか、ナチュラルな感じにしたくて。そういうことをほぼ全員に、こういう基本姿勢ですとお伝えしました。(中略)

だからこそ、連載していた頃にテレビアニメがあり、声優さんたちがいらっしゃったけど、自分としてはそこにはさわれないというか。あの何年間かのテレビアニメで声優さんたちは、プロフェッショナルとしてキャラクターと向き合い、それぞれのやり方でキャラクターを育ててこられたと思うんですね。その方たちにもしも今回お願いしたら、その方たちのお芝居をいったん捨ててもらわないといけなくなる。かつて育てられたキャラクターをいったん捨ててもらわないといけないことになっただろうと思うんですね。それはできないなというのがあって。

公式サイトインタビューより抜粋)

僕もテレビアニメを観ていた者としては、違和感がないとは言い切れないものの、井上先生の絵で動く湘北メンバーを見ていくうちに、だんだん旧キャストの声と結びつかなくなり、この声じゃないと成り立たないとすら感じるようになっていた。

そして、山王戦最大の見どころといえば、セリフを一切挟まない、あの芸術的なクライマックス。すると、それまでCGで描かれた線が、一気に流れるような線画に変わっていく。
「それだ!」安西先生が桜木のリバウンドを見て内心叫んだときと同じ感覚を、その瞬間覚えた。その線画から生み出される疾走感が、画面全体を包み込み、試合に緊張感をもたらす。原作で何度も読み返したシーンそのままの緊迫感が、見事に表現されていて、ただ食い入るように試合終了まで見守るしかなかった。もちろん、あのセリフは言わせてほしかったなあとか、あのシーンは残してほしかったとか思うところはあり、完璧とまでは言い難いけど、それでも山王戦の映像化としては大成功といえるだろう。

高校No.1プレイヤー・沢北栄治が味わった「経験」

ところで、宮城と対称的に、スポットの当たった男が一人いる。その彼こそ、山王工業の沢北栄治だ。原作では流川のライバル的存在として描かれた高校No.1プレイヤーだ。原作では、彼とその父・哲治のエピソードがなかなか面白かったが、残念ながら本作ではカット。その代わり、沢北が秋田のある山寺でトレーニングをして、そのついでにお参りをするオリジナルのシーンが描かれている。沢北は「僕に経験をください」と願い、すでに米国留学が決まっている彼からすれば、それは米国でのレベルの高い経験を意味していただろう。

だが、山王は湘北に破れ、沢北は自身が願った「経験」の本当の意味を知る。「敗北」という味わったことのない経験を、神様は叶えたのだと。それを知ってうなだれる沢北。堂本監督の名言である「「負けたことがある」というのがいつか大きな財産になる」を体現していて印象深い。

原作では流川と沢北のマッチアップが印象的だったが、本作では宮城とのマッチアップに重点が置かれている。よく考えれば沢北と宮城は同学年であり、流川同様、宮城も同学年の沢北に負けられないという思いを抱くのは自然なことだ。その二人のライバル関係は、ラストである形となって結実するわけだが、それを見てこの『THE FIRST SLAM DUNK』には、ある特別な意味が込められているのではないかと考えてしまった。

『THE FIRST SLAM DUNK』は「第二部」の序章かもしれない

「THE FIRST」と銘打っているということは、これは最初の作品で、以降シリーズとして展開されるのではという期待の声も大きい。そういえば、原作連載終了時、SLAM DUNK』は「第一部完」として完結し「第二部」に続くことを示唆していた。だが、現時点において正統な続編は黒板漫画の「あれから十日後」までにとどまっており、「第二部」の目処は立っていない。

ともすれば、『THE FIRST SLAM DUNK』は「第二部」に続くことを意味しているのかもしれない。宮城の物語として、その続きがあるのだということを。もちろん、本当に第二部が作られるのかどうかはわからないが、ラストのあの二人を見てしまうと、そんな淡い期待をせずにはいられなかった。

*1:もちろん、私には合わないというだけの話なので、ジャンプ作品を否定するわけではないが。

*2:この元ネタは、ジャンプの特別読切で描かれた短編『ピアス』と思われる。明言はされていないものの幼少期のリョータと思しき少年が登場する。