ぬるオタな日々 by 少恒星

アラフォー独身のぬるオタの日々戯言。

コミックレビュー『T.P.ぼん』

歴史は特に好きというわけではなく、その上、学校で習ったのは主に日本史だった。世界史に至っては高校1年で習った程度だったが、それもほとんど忘れてしまった。覚えていることといえば、その時の世界史の先生が『北斗の拳』の大ファンで、その影響からか終末論については熱く語っていたという印象しかない。こんな怪しい先生をよく採用したなあwww (ちなみにややベテランの人だった。)
さて、本題の『T.P.ぼん』。私の好きな藤子・F・不二雄先生の作品だが、実はこれまでろくに読んだことがなく、せいぜい日本テレビで放送されたアニメを見た程度だった。そのアニメも、当時はまだ幼かったせいか、今ひとつピンと来なかった。最近になって、単行本未収録作品を含めたスペシャル版が刊行されたので、読んでみることにした。
おおまかに説明すれば、タイムパトロールの秘密を知ってしまったことから隊員になった並平凡が、先輩隊員のリームや、のちにリームと入れ替わりで登場するユミ子とともに、あらゆる時代へ不幸な死に方をした無名の人物を救いに行くというストーリー。歴史を変えてはならない、歴史にかかわるような人物に手を出してはいけないという絶対的な決まりがありながら、一個人の運命は変えていいのかという理不尽な疑問が浮かんでしまうが、それを言うならドラえもんだって、もともとはのび太の未来を変えるためにやってきたのだから、そこは深く突っ込まないでおこう。
この作品の魅力は、タイムパトロールの活躍以前に、彼らが行く先々の時代描写の緻密さに他ならない。彼らの行く先はさまざま。恐竜時代という遠い昔から太平洋戦争の戦中まで。場所も日本だけでなく、西部開拓時代のアメリカ、古代文明の栄えたエジプト・アラビア、中世期のヨーロッパなど。生前、海外の古代遺跡などにもよく足を運んでいた、歴史好きの藤子F先生だからこそできる業だろう。そして、その先人たちの価値観や知恵を見せつけられ、深い感銘を覚えると同時に、現代を生きる我々の自省を促してくれる。
興味深かったのは、単行本初収録の『古代の大病院』(3巻)。ローマ帝国の医療センター、アスクレピオンには、神の声が聞こえるという地下道があり、患者は、神の「治る」という声に勇気付けられる。だが、実は天井裏から医者が「治る」と暗示をかけていただけだった。今だったら明らかに詐欺だろうが、その結核患者は奇跡的に回復した。病気を克服しようという意志、治るという確信を持たせることで、人間の自然治癒力を高め、病気を治そうとしたのだ。まだ科学も発達していないローマ帝国の時代に、心と体のつながりを見出していたのは驚異的だ。他にも『ローマの軍道』(3巻)は、「すべての道はローマに通ずる」の深い意味を知る上でも必読の作品だ。
タイムパトロールというSF要素を持ちつつも、それは読者と歴史を結ぶ単なる媒介に過ぎない。これは歴史漫画と呼ぶべきだろう。先人たちの価値観をいい面も悪い面も含めて見つめることで、我々現代人は何を学び、何をすべきか。藤子F先生のまなざしが強く光る力作である。