『たまこラブストーリー』の公式サイトのインタビューで山田尚子監督はこう語っている。
今回は「映画」ということをだいぶ意識しています。TVシリーズでは難しく考えないで素直に楽しいものを描いているので、画面もそういった意識で特に「多幸感」を重要視していたんです。 ですが、今回は楽しいプラス甘切ない、キュンとくる。そういう感情を色味やレイアウトに入れ、無意識下に働きかける感じにしています。感情の色を沢山つけていきたかったんです。 今回は素直に「映画」を作っているなと思いますね。素敵な気持ちで観ていただけるフィルムになっていると思います。
雑多な環境に置かれやすく、時間の制約もあるテレビとは違って、映画は映画館という閉じられた空間で、画面により集中して見られるという利点がある。時間の制約もテレビほど厳しくはない。ゆえに、台詞で登場人物の心情を説明したりとか、過剰演出でテレビの前の視聴者の気を惹こうとか、いわばテレビ的な演出をする必要がない。台詞に頼らず、あらゆる要素を込めた画面構成や演出で、登場人物の心情などを観客に伝えることができる。
しかし昨今、アニメ・実写問わず映画館で上映されている作品を観てみると、テレビの延長線上のつもりで作っているためなのか、テレビ的演出に陥っている作品が増えている感がある。いわば「テレビドラマ」や「テレビアニメ」が映画館で上映されている感が否めない。最近流行りのOVAのイベント上映というのは、まさにそれを体現しているように見える。それ自体を否定するつもりはないが、お金を払って劇場に足を運んでいる観客に対して、テレビと同じように作ってしまっては、それに見合ったものになるだろうかという疑問が残る。
今作もまた、流行の劇場版商法の流れで製作されている感が否定できないのだが、前述の山田監督のインタビューを読んで、この人は「映画」に対して相当のこだわりを持っているという印象を受けた。少なくとも一本の「映画」として、この『たまこラブストーリー』を観客に見せたいという思いを感じ取った。そしてその言葉通り、『たまこラブストーリー』は予想以上に「映画」として完成された作品だった。
(以下ネタバレあります。ご注意ください。)
最初に上映された短編の『南の島のデラちゃん』の冒頭が、かつての松竹映画のオープニングロゴ(おそらく昭和20年~30年代あたり)のパロディで始まるところからして、この作品はかつての日本映画のように作っているという意思表示をしている。どうせなら映画自体のオープニングロゴも、CG富士ではなく松竹富士にしてくれたら良かったのに。
そして本編の冒頭の、もち蔵とたまこの過去の回想シーン。これには正直涙出そうになった。合間に台詞は一切挟まず、ただBGMと回想が映し出されるこの演出は『カールじいさんの空飛ぶ家』を彷彿とさせる。これによって二人の関係の重さ、もち蔵のたまこに対する思いをより深く感じさせる。これでこの映画の方向性は明らかになった。直接的な台詞に頼ることなく、登場人物の細かいしぐさや表情、濃密な情報量の画面構成で彼らの心情を観客に伝えている。「映画」であることに全編にわたってこだわっているのだ。
もち蔵が所属する映画研究会の面々とのやり取りにも「映画」に対するこだわりが感じられてニンマリさせられる。「小指に誓って」は『スタンド・バイ・ミー』だし、「トモダチ」はもちろん『E.T.』が元ネタ。今の若い子たちには「トモダチ」はわかるだろうが、「小指に誓って」はわからんだろうなあ。
そして、もち蔵からの告白を受けたたまこの「かたじけねえ」の反応には、どこか往年の日本映画的な反応を思わせて笑わされる。ここまで来ると、もはや『たまこラブストーリー』はテレビシリーズを見ていたファンではなく、実は映画ファンに向けて作られているのではという気がしてしまった。当初、京アニの、『たまこ』のファンムービーとして期待していた自分も、いつの間にかこの映画を正面から向き合って鑑賞していた。そして鑑賞後、素晴らしい爽快感を得たのと同時に、一種の敗北感も味わった。もしかすると、山田監督がこの「映画」に込めた深層的なテーマに、自分はまだ気づいていないのではないか。そう感じたとき、自分は映画ファンとしてまだまだ未熟なのだということを強く思い知らされたのだった。
それにしても、この山田尚子監督の演出力からして、彼女は劇場アニメという舞台が一番力を発揮できるのではなかろうか。そういえばプログラムピクチャーで、自らの作家性を発揮し優れた「映画」が作られる例は多い。テレビアニメの劇場版を例にとっても、宮崎駿の『ルパン三世 カリオストロの城』、押井守の『うる星やつら2 ビューティフルドリーマー』、原恵一の『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』、細田守の『デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』はその最たる例と言える。そして彼らはその成功を機に、日本を代表するアニメーション作家としてさらなる飛躍を遂げた。山田尚子もまた彼らと同じような道を辿ることになるのだろうか。
それが本物かどうか確かめるためにも、山田監督には次回作は劇場オリジナルアニメで勝負してもらいたい。ますます今後の京アニ作品が楽しみになってきた。
【おまけ】
劇場グッズにも、「映画」へのこだわりの強さが見受けられて面白い。パンフレットは映画フィルムを多用したデザインになっている。
オリジナルポップコーンセットの特典クリアファイルも、往年の名女優をたまこたちがコスプレするというデザイン。かんなが『カサブランカ』のイングリット・バーグマン、たまこが『ティファニーで朝食を』のオードリー・ヘップバーン、みどりが『七年目の浮気』のマリリン・モンロー、そして史織が『風と共に去りぬ』のヴィヴィアン・リーになりきっている。『たまこラブストーリー』を見た人の中で、この元ネタがわかった人がどれくらいいるのか気になるところである。
かく言う自分は、これらの作品まだ観たことないんだけど(苦笑)