ぬるオタな日々 by 少恒星

アラフォー独身のぬるオタの日々戯言。

『心が叫びたがってるんだ。』を支える背景美術(と、あのお城について)

あの花』スタッフの最新作『心が叫びたがってるんだ。』(以下『ここさけ』)を観た。

もともと『あの花』は好きな作品なのはもちろん、長井龍雪監督の最新作ということで非常に楽しみにしていた。監督・スタッフのインタビューや予告映像からして、アニメにしては地味な作品になるだろうということは容易に想像できた。でも地味なのは全然大歓迎だし、むしろ自分はそっちのほうが好み。なので、長井監督がそういう方向で勝負してくれたことには素直に嬉しかった。そんな自分の期待に見事に応えてくれたと思う。

【※以下『ここさけ』のネタバレを含みます。】

物語自体にも派手さはなく、あえてあるとすれば玉子の王子によって呪いをかけられたというファンタジー要素のみ。でもそれは、順自ら生み出したものであり、実在しないものだったというのは予想できた。恋愛要素が絡むところも、青春群像劇においてはありがちな要素。それでもこの映画が(自分にとって)魅力的なのは、不自然で過剰なところを見せずに、フラットで丁寧な演出を積み重ねていき、そして終盤に、その総まとめとして「爆発」させていく緩急の良さにあると思う。青春の甘さや酸っぱさも余すところなく描くところは『氷菓』を思わせて、チクッとささりつつも、なぜか心地よさすら覚える。去年の『たまこラブストーリー』に続く、新たなアニメーション青春映画の傑作と呼ぶにふさわしいと思う。

そんな『ここさけ』を、さらにリアルな物語として説得力を与えていたのは背景美術の力もあったと思う。

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あの花』よりも写実的な秩父の情景。青鮮やかに描かれた空。季節や天候の変化。そして、心境や状況の変化を反映したかのごとく、空気感が変わったかのように写る情景は、正直ゾクッとさせられた。もちろん個人的な印象でしかないけれど、ミュージカルシーンの合間に差し込まれる学校の風景には、なんだか世界が変わったかのように見えた。

実はスタッフの中で個人的に注目していた人がいる。
それは今回『ここさけ』で美術監督を務めた、アートチームコンボイ中村隆氏だ。

中村氏は、現在のスタジオを設立する以前、スタジオユニ時代に、原恵一監督の河童のクゥと夏休み』『カラフル』美術監督を務めており、前者では東久留米を、後者では二子玉川の光景を見事に描ききり、それもあって今作の背景美術にも注目していたのだ。

特に『カラフル』における多摩川の光景には、まるで写真を使っているかのごとく写実的に描かれ目を奪われたものだった。そんな多摩川を二人並んで歩く真と早乙女、彼ら2人の関係性を訴えかけるのに、十分効果的に作用したと思う。

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実は先日、『河童のクゥと夏休み』の上映イベントで、中村氏とお話しできる機会があり、『ここさけ』の話も伺うことができた。といってもあまり深くは聞かなかったが、以前に同じA1-Picturesより『FAIRY TAIL』の劇場版の仕事を請けていたこともあり、それが縁で今回起用されたことになったという。『あの花』の背景をやった石垣プロが今回は深く関われなかったこともあって、こちらに回ってきたとも中村氏はそのとき語っていたが、この背景クオリティを見るに、『カラフル』での成果もまた起用のきっかけになったのではと思ってしまう。

そして『ここさけ』の背景を見るに、その技術は『カラフル』のときよりも洗練された印象を受ける。その技術力の高さは、記念特番でも長井監督が語っているとおりだ。
(10分55秒あたりから)

長井「中村さんがすごく上手かったです。写真レイアウトなんですけれども、写真以上に情感に訴えかけてくるようになっていて。いったん絵に直すというのはこういうことなんだなと改めて教えてもらった気分ですね。いくら写真レイアウト使っていても、写真ではない、絵になったから出る迫力というか情緒感というのが画面に出ていると思います。」

すでにご覧になったという人は、次回鑑賞時にはぜひ背景美術に注目してもらえると、新しい発見があるのではないかと思う。

 

ところで、この中村氏が手がけた『カラフル』と『ここさけ』にはある共通点がある。

【※ここからは『ここさけ』『カラフル』双方のネタバレになります。】

 

『ここさけ』は、順がお城を模したラブホテルから父親が出てくるのを目撃し、それをうっかり母親に話してしまったことで家族が崩壊→しゃべれなくなってしまうのが物語の始まりだった。

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一方、『カラフル』は、物語の終盤で、「ぼく」が乗り移った中学生・小林真が、自殺を図った経緯が明らかにされる。それまでいじめを受けたり、クラス内で孤立するなど不遇な学校生活を送っていた彼だが、その彼が自殺を図った最大のきっかけがこれだ。

ある日、小林真がひそかに想いを寄せていたひろかが、援助交際で男性とラブホに入っていくところを目撃してしまう。

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そこへさらに追い打ちをかけるように、同じラブホから、今度は母親が不倫相手の男と出て行くところを目撃。さらなる信じがたい事実にショックを受ける真。

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そして真は、母親が不眠症のために服用していた睡眠薬を、大量に摂取して自殺を図る。そのあと、「ぼく」が真に乗り移って『カラフル』の物語は始まる。

つまり、経緯が明らかになる時点は違えど、どちらも親の不倫現場を子が目撃したことから物語が始まっているのだ。しかも『カラフル』のほうに至っては、片思いの相手までも援助交際と来ているから、ますますエグい。原作もこの通りなので、ひょっとして岡田麿里さんは『カラフル』読んでたんじゃなかろうか?

そして、その物語のきっかけになったラブホを、中村氏はともに描いていたわけで…。
中村氏は子供向け作品での仕事が多いが、まさかまたラブホを描くことになろうとは予想してただろうか。

ちなみに、『カラフル』のラブホのモデルは実在するが、実際のホテルはビジネスホテルになっている。一方『ここさけ』のほうは諸説上がっているけど、実際にモデルがあるかどうかは、来年の河童のクゥ上映会で中村氏本人に聞いてみるか(笑)

【参照】中村隆氏が登場する『カラフル』のインタビュー記事

「心が叫びたがってるんだ。」オリジナルサウンドトラック

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