ぬるオタな日々 by 少恒星

アラフォー独身のぬるオタの日々戯言。

『漁港の肉子ちゃん』感想

都内のシネコンが営業を再開し、それから『映画大好きポンポさん』が大絶賛の嵐だったり、1ヶ月遅れで『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』がようやく公開されたかと思ったら、そこへ『シン・エヴァンゲリオン劇場版』が新バージョン公開に薄い本配布と新たにネタを投下してきたりと、近年稀に見るほど、アニメ映画が大盛況な今日この頃。

そんな人気作がひしめきあう中、真っ先に観てきたのは『漁港の肉子ちゃん』だった。

 

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「作り手が面白いと思うことが大切」プロデューサー・明石家さんまのスタンス

明石家さんま企画・プロデュース作品ということで、連日情報番組で取り上げられていたアニメ映画だが、ネット界隈では、吉本興業の闇営業問題やら『えんとつ町のプペル』の件もあってネガティブな反応も少なくない。しかし、スタジオ4℃と吉本の繋がりなんて、プペルよりずっと以前の、湯浅政明監督の『マインド・ゲーム』からだし、アニメ映画全体で言えば高畑勲監督の『じゃりン子チエ』も、ほとんど吉本芸人でキャスティングされている。その2作品とも、吉本芸人ならではテンションの高さや、彼ら独特の人情味なしには成り立たなかった傑作だ。吉本だからといってすぐに冷ややかな反応をするのは、あまりに不当に感じる。

本作の企画は、直木賞作家・西加奈子のベストセラー小説を原作としており、さんまが原作に惚れ込み、自ら映像化をオファーしたことで実現したのだという。監督を務めるのは、海獣の子供』『のび太の恐竜2006』の渡辺歩監督。キャラクターデザインは、渡辺監督と度々タッグを組んでいる、スタジオジブリ出身の小西賢一氏。この二人のコンビならハズレはないと信じていたので、さんまや吉本興業関係なしに、公開を楽しみにしていた。

パンフレットでさんまは以下のようにコメントしている。

私が担当したのは企画・プロデュースです。作品づくりを”寄せ鍋”に例えると、僕は土鍋とガスコンロを用意させていただく係です。そこにスタッフのみなさん、声優さん、タレントさんたちが、色々な具材を持ち寄ってくれて、プロデューサーである私の作業はアクを取るだけという…。今回、しみじみそう思いました。アクはきれいに取れていますので、ご安心ください。アク抜きはうまいんで(笑)

それを受けた渡辺監督と小西氏は次のようにコメントしている。

「作り手が面白いと思うことが大切。」
作り手にとっては、これ以上に心強く、気楽になれる言葉はないだろう。マーケティングを意識しすぎるあまりに、金を出して口も出した結果、瓦解してしまった作品は、これまでにいかほどあったことか。それらに比べれば、プロデューサーとしての彼のスタンスは潔くすら感じる。むろんプロデューサーの彼が、プロモーション活動において前面に出ることに多少の違和感は覚えるが、作品自体に余計な口出しをしないだけ、だいぶマシである。

肉子ちゃんよりは、むしろキクコが主役の物語

そうしたスタンスのもとで作られた本作だが、賑やかし要素として、さんまと交友のある芸能人の出演や、自身の登場シーンが挟み込まれているものの、それ以外において明石家さんまのカラーを感じるところはない。またタイトルからして、大竹しのぶ演じる肉子ちゃんが主役と思いきや、本編を観ると、むしろ主役はその娘・キクコのほうだった。

物語は、キクコの視点から、肉子ちゃんの人となりや漁港町での日常が語られ、彼女のモノローグも交えながら進んでいく。このキクコを演じるのはCocomi。あのキムタクと工藤静香の娘だ。フルーティストとして日本トップクラスの実力の持ち主だが、一時期声優の養成所にも通っており、それを知っていたさんまが推薦したことをきっかけに抜擢されたという。*1このキャスティングに、自分も最初は冷ややかに見ていたのだが、実際に観てみると全く違和感を感じない。もちろん、他のキャストと比べたら多少演技に粗さはあるも、作り込んだ感じがしない自然体の芝居だったし、何より声が素晴らしい。子供っぽくなく、かといって、ませた感じのしない、いわば思春期にさしかかろうとする小学生女子のイメージにピッタリだった。台詞の量で言えば、大竹しのぶよりも遥かに多く、初挑戦ながらここまで良いものを見せてくれるとは恐れ入った。

Cocomi演じるキクコは、その正に思春期を迎えようとする小学五年生の少女で、本作は、彼女がある節目を迎えることで幕を閉じる。そこに至るまでに、学校内での人間関係の悩みや、風変わりな同級生・二宮(CV:花江夏樹)への関心、そして母親の肉子を恥ずかしく思う子供心。そういった思春期ならではの体験を重ね、キクコは成長していく。これが物語の本筋であり、その微妙な年頃に起きる悲喜交々が展開されていく。大きな事件やドラマが起きるわけではなく、大人の目から見れば、ほんの些細な日常の一コマにしか過ぎないが、キクコにとってはかけがえのない瞬間として記録されていく。なんだかキクコと同じ歳の頃の自分を思い出させて、懐かしさすら覚えた。

躍動感溢れるアニメーションと『じゃりン子チエ』を思わせる人情味

本作は、少なくとも前作『海獣の子供』よりは、渡辺歩監督らしさがとても滲み出ていたと思う。かつて『ドラえもん』時代に「ドラクラッシャー」とも言われるケレン味のある演出で賛否両論を呼んだ渡辺監督。本作でも冒頭から大胆な演出が炸裂。名前のとおり、お肉のような弾力感のある肉子ちゃんが動き回り、それだけで彼女の性格そのものが伝わってくる。そうした躍動感のあるアニメーションもさることながら、時折優しい眼差しをキクコに向ける肉子ちゃんの表情も印象的。そして、キクコを取り巻く漁港町の住人たちは、前述したようにさんまと交友のある芸能人が演じているものの、不自然さは感じられず、彼らの持ち味である人情味を上手く表現してみせた。それが漁港町の雰囲気を形作り、『じゃりン子チエ』に近い人情喜劇として素直に楽しむことができた。

 

【おまけ】 
モデルとなった焼き肉屋には実は肉子ちゃんに似たお母ちゃんがいたというエピソード。