ぬるオタな日々 by 少恒星

アラフォー独身のぬるオタの日々戯言。

原恵一監督はアニメ声優の演技が気持ち悪いだなんて言っていない

なにやら私の敬愛する原恵一監督の声優の演技に対する発言が、一部ニュースサイト・まとめサイトで取り上げられているようで。

エコーニュースR – 「アニメ声優の演技は気持ち悪いと言ったせいで、根に持たれている」・・『百日紅』、原恵一監督記者会見

芸能人声優の起用の是非とか、声優の演技がどうとかいう話は、これまで幾度となく繰り返されてきた話ではあるので、食傷気味な感がある。私の意見としては、出来上がった作品そのものが全てを物語ると思うので、誰を起用するかは作り手の自由だと思う。

しかしながら、一応原監督の応援ブログをやらせてもらっている身としては、この記事及びこれに対するネットユーザーの反応に承服しかねるところがあるので、自分なりに反論、というか正しい議論をしてもらうための材料をここで提示させていただきたいと思う。今回の記事は応援ブログのほうでやってもよかったけど、ブログの趣旨から外れそうな気がしたので、こっちで書かせてもらう。

まず、発言の発端となったと思われるのは、十中八九、2000年公開の映画『人狼 JIN-ROH』についての感想であることは間違いない。2003年発刊の『世界と日本のアニメーション ベスト150』(ふゅーじょんぷろだくと刊)の中で、原監督は『人狼 JIN-ROH』の感想を寄せており、その内容は2005年発刊の『アニメーション監督 原恵一』(浜野保樹編・晶文社刊)にも再録されている。

作画スタッフの何人かが『映画クレヨンしんちゃん』に参加していたので噂は聞いていた。何だか自分の好みの映画の匂いがぷんぷんしたのを覚えている。で、映画館へ行った。何が良いって、この映画にはアニメの気持ち悪さが全く無い。気持ち悪いキャラや、それに合わせて気持ち悪い声を出す声優や、勘違いした演出家などが放つ自意識過剰なナルシズムとかのろくでもないもの。そういった気持ち悪さがこの『人狼』には無い。他の作品では派手な見せ場を任されるような原画マンがここでは気の遠くなるような地味な芝居を丹念に描いている。そして、それが静かに進む物語にただことではない緊張感を与えている。


『世界と日本のアニメーション ベスト150』(2003年・ふゅーじょんぷろだくと刊)より

要は、原監督の思う「気持ち悪さ」が『人狼 JIN-ROH』に無いということを言っているのであって、アニメ声優(全体)の演技が気持ち悪いと言っているわけではない。じゃあ、それ以外のアニメはどうなのかという指摘もあるだろうが、彼が気持ち悪いと思う作品、そうでない作品が具体的に挙がっていない以上は、そこまで言及はできない。

ところが、その部分だけが強調されて、いつの間にか「声優の演技が気持ち悪い」みたいなニュアンスに変容されて伝わってしまっている。

もっとも、監督自身そのことは言いすぎたと感じているようで、後年『カラフル』公開時のインタビューでこのように釈明している。

――ズバリお聞きしたいんですが、“アニメは嫌いだ”というようなことをかつておっしゃってましたよね?

原 いやいやいや、そこまで言ってないですよ(笑)。

――だって、「勘違いした演出家などが放つ自意識過剰なナルシシズム」が嫌いって……。

原 まぁ、昔かなりはっきり言ったことがありますけど……そういう言葉だけがいまだにネットとかに残ってるのって、今の時代の怖さですよね。実際はそこまで嫌ってるわけじゃないですよ。ただ、最近はアニメをあんまり観ないんです。『借りぐらしのアリエッティ』もまだ観てない。

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そして先日、テアトル新宿での『百日紅』トークイベントで、この件について原監督が言及し、「声優が嫌いだったら(百日紅でも)使いません。声優さんは凄いと思ってるし、いなければ成り立たない」と公言したそうだ。 原監督にとっては、またしても過去の自身の発言に振り回される格好となった。

togetter.com

※ちなみに今作では、声優では入野自由藤原啓治矢島晶子を起用。矢島・藤原については『河童のクゥ』以降も原監督作品にたびたび出演している。 

www.animate.tv

結論としては、この記事を書いた記者が、原監督の『人狼』評を短絡的に受け止めてしまったということで締めたいが、せっかくなので、原監督が自身の作品に求める声や演技についても触れておきたい。

先ほど紹介した上記リンクでは、原監督と近しい関係者が、俳優をメインにキャスティングしている理由について触れているのだけども、原監督が賞賛した『人狼 JIN-ROH』からでもその一端はつかめるかと思う。

人狼 JIN-ROH』のキャストを見ると、もちろん中には一線級で活躍している声優も含まれているが、主演の藤木義勝や武藤寿美など、(失礼だがそこまで知名度は高くないにしろ)当時は主に俳優として活動していた者が多くキャスティングされている。いわゆる人気声優として知られるような人たちがあまり見られない。

実際自分も『人狼 JIN-ROH』は鑑賞したが、作品に漂う独特の空気感や、実写を彷彿とさせる演出を見て、これは流行りのアニメ声優の声は似つかわしくないと感じたし、このキャスティングは間違ってなかったと思う。この『人狼 JIN-ROH』から考えうるに、おそらく原監督が求めているのは、あくまで私の印象でしかないが、流行りのアニメに見られるような現実離れした声やオーバーな演技ではなく、より現実味のある声質で自然な演技なのだろう。

この『人狼 JIN-ROH』からの影響かどうかは定かではないが、原監督は『オトナ帝国』のころから、極力そういった声や演技を求めていくようになった感がある。その試みの一つと言えるのが、『オトナ帝国』のチャコ、『戦国大合戦』の廉姫を演じた小林愛の起用だ。

小林愛は当時はTEAM 発砲・B・ZINに所属する舞台俳優として主に活動していたが、彼女を起用したきっかけは、当時『クレヨンしんちゃん』の演出の一人が『∀ガンダム』にも関わっており、その彼が演出をしていた回に彼女が出演していて、たまたまそれを見た原監督がその声や演技に惹かれたからだという。監督によると、小林愛のことは、当時は他の声優からはほとんど知られてなかったようだが、彼らの演じるキャラクターに混じりながらも、結果チャコ・廉姫というキャラを印象づけるのに見事に成功した。そして『河童のクゥ』以降は、俳優をキャスティングすることが多くなっているのも、それは自らの作風に合わせてのことだろうと私は考えている。

河童のクゥと夏休み』のDVDの特製ブックレットでのインタビューでは、原監督はこんなことを語っている。

浜野 アメリカのアニメーションはほとんど俳優が声を担当しているでしょう。日本でも宮崎さんにしろ高畑さんにしろ、俳優を使われているけど、それなりの理由があると思います。俳優の方々が、前身で声を出しているのが伝わってくる。いや、もちろん、大人の声優が子供の声を出して、ピッタリはまる時もある。特にしんちゃん一家の声なんて素晴らしいと思うけど、今回はやっぱり子役を使って良かったと思う。技術ではなくて、子供達が前身で演技しているから、そこが結構効いているのじゃないかと思います。

 声優さんっていろんな作品に同時に関わって、毎日スタジオをかけもちりしたりするわけです。午前中はこの役、午後と夜はこの役ってね。非常にありがたい存在でもあるけれども、ある意味でアニメ的な芝居が鼻につく部分もある、そんな風に思ってました。
最近になって考えるんだけど、それはね、声優さん達のせいでもないんだなと。アニメーションを作る我々の側がそういう芝居や声の出し方を要求してきたからこうなったんだろうなと思うんです。考えてみれば当たり前の話なんだけど、それがたぶんオレは嫌いなんだなと最近気がついたんですよね。もっと違う芝居を要求してきていれば、多分もっといろんなものが出てきてたはずなのに、それをしてこなかったんじゃないかって。
みんな同じような声の出し方や芝居をしていると、僕はうんざりしちゃうんですよね。だから今回は、そういう匂いがしない声に全部したかった。

河童のクゥと夏休み』完全生産限定版コレクターズBOX 特製ブックレット 原恵一×浜野保樹対談より

つまり、声優に非があるのではなく、多様な芝居をアニメ界がもっと求めてこなかったことが、今日のアニメ声優の芝居につながっているだろうということだ。むろん、これは原監督の見解であり、反論も当然あるだろう。そこから、またいろんな方向へ議論が発展していくから、ますますややこしい。もはや水掛け論でしかならないのだろう。

だから、今回この原監督の発言に対して怒っている人たちは、声優云々以前に、そもそも原監督の作風がその人に合わないということで割り切るしかないと思う。それならそれで結構だし、自分もあまり押しつけるような真似はしない。ただ、日本のアニメーションの多様性や可能性を広げる意味でも、こういう作品の存在は認められて然るべきだと思う。


とりあえず、これを踏まえたうえで、あとは各々で声優の起用・演技について考えてもらえれば幸いだ。原監督のファンとして自分からは「声優起用しない=声優嫌い」という短絡的な結びつけはご遠慮いただきたいとだけ申しておく。

【追記】
ところで、例の記事に対して、監督が現場から恨まれていると思っている人もいるようだが、先日ロフトプラスワンウエストで行われたトークイベントでも同様の質問があり、そのときは「声優ファンを刺激するからコメントは差し控える」とこの時も明言を避けていた。こういうふうに面倒なことになるから答えたくなかったんだろうなあ。

人狼 JIN-ROH [Blu-ray]

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アニメーション監督 原恵一

アニメーション監督 原恵一